“タイプ20”等、仏軍用航空時計史に名を残す
“エイレン(AiRAiN)”、ついに21世紀に甦る

1857年創業の仏航空時計製造会社「ドダーヌ」。その三代目レイモンド・ドダーヌは1934年、当社とは別に新たな時計会社「ラボア」を設立する(社名はLEBOIS & Co)。 さらに彼は後の仏軍用航空時計史に足跡を残す「エイレン(AiRAiN)」も創設。1950年代、 エイレンは仏国防省が作成した航空士用航空フライバック・クロノグラフのミルスペック=“タイプ20”の供給サプライヤーのひとつに選定される。 その主要供給先は仏軍の陸軍軽航空部隊であった。またエイレンには航空時計の他「スーマリーン(Sous-Marine)」というペットネームのダイバーズも揃えていた。 一時は歴史に埋もれた存在だったエイレンだが、すでに2014年にラボア復興に成功したオランダ人起業家のトム・ヴァン・ウィジリック氏により、2020年には権利取得に成功。 さらに2023年にはスーマリーンも復活し、エイレンはラボアとともに世界の時計舞台に見事返り咲いたのである。

アバウトイメージ2

Type 20

1950年代、仏国防省はパイロットに最適な高精度腕時計のミルスペック=“タイプ 20”を作成。特に必須条件がフライバック・クロノグラフ機能で、 エイレンはブレゲやドダーヌと共に仏国防省の納入業者に指定される。2020年に復刻した「タイプ 20(Type 20)」は、オリジナルのデザインやスペックを徹底検証したアップデイトモデル。 核となるムーブメントは、セリタ社の高級ムーブメント部門であるマニュファクチュール AMTが製造する、コラムホイール装備の手巻き式Cal.AM2。 インカブロックを搭載し39.5mmのケースに収納された当モデルは、往時の軍用航空ツーインダイアルモデルを彷彿とさせる美品に仕上がった。パワーリザーブ機能は約63時間。

Ref.421.436S

軍用アラビック数字の書体を採用し、インダイアルにサーキュラーパターンを用いたエイレンの「タイプ 20」。1950年代当時に発布された仏国防省のミルスペックの概要は以下のとおり。
●ケース径は約38mm、厚さは約14mm以内。●ねじ込み式ケースバック。●ブラックダイアル。3時と9時位置に30分まで計測可能なふたつのレジスター付き。●アラビア数字インデックス。 ●時分針とインデックスに蓄光素材使用。●フライバック機能。●双方向回転ベゼル。●日差8秒以内の誤差。●最低35時間のパワーリザーブ。●クロノグラフ機能は最低300回の確実な作動を可能とする。
特にフライバック機能は必須で、これは複数の航空機が編隊飛行を行う際や、管制官とのコミュニケーションにおける管理時間内での行動に不可欠な機能だった。 現代のように洗練されたネットワーク・コミュニケーションが存在しなかった時代、航空分野においてクロノグラフ(特にフライバック)は必須計器だったのだ。 本社の資料によれば1950年代から採用されたエイレンの「タイプ 20」の具体的な供給先は、仏軍のALAT(Aviation Legere de l'Armee de Terre 仏陸軍軽航空)部隊のヘリコプター・パイロットだった。

アバウトイメージ3

おそらく1960年代のものと思われるエイレン時計の広告。21石、インカブロック装備の耐震機構、さらに当時としてはセールスポイントとなる50時間のパワーリザーブを謳っている。 今回の復活劇はまずエイレンの姉妹会社だったラボア(LEBOIS & Co)から始まった。 復興の立役者であるオランダの時計愛好家、起業家のトム・ヴァン・ウィジリック氏とエヴリン夫人が、2014年にクリスティーズのオンライン・オークションでラボアを発見、 ドダーヌ家との交渉の末、LEBOIS & Coのオーナーとなる。 エイレンの権利獲得はそれから6年後の2020年、まずリ・エディションモデルの「タイプ 20」から始まるが、ムーブメントはセリタの高級ムーブメント部門のAMTで製造されるCal.AM2。 コラムホイール採用の手巻き式ツーインダイアル・フライバッククロノグラフである。

アバウトイメージ4
アバウトイメージ5

Type 21

1956年、それまで仏軍が制式採用していた「タイプ 20」の機能性向上を求め、仏国防省のさらなる要求により誕生したモデルが「タイプ 21」。 そのリ・エディション版である「タイプ 21(Type 21)」は、2021年のサザビーズのオークションで発掘された1960年代のヴィンテージモデルへのトリビュート。 原点への忠実さを追求しながらも、50mの防水性能や無反射コーティングのサファイアクリスタル、グレードX1のオールド ラジウム夜光等、現代にふさわしいスペックにアップグレードされている。 搭載ムーブメントは「タイプ 20」と同様、セリタの高級ムーブメント部門AMT製造のCal.AM2。コラムホイール採用の手巻き式フライバッククロノグラフだ。

Ref.423.438

2014年のクリスティーズのオンライン・オークションで発見した、ラボア社製クロノグラフに端を発するトム・ヴァン・ウィジリック氏の再興計画。 これは2020年のエイレンの権利取得に続き、同ブランドのアーカイブモデル「タイプ 20」と「タイプ 21」の復刻へと続いた。 リ・エディション版「タイプ 21」は、2021年のサザビーズ・オークションで最初に発見された1960年代モデルへのオマージュとなっている。

アバウトイメージ6

1960年代製造の「タイプ 21」。今回紹介したリ・エディション版の同モデルと比較すると、ベゼル12時位置の三角マーカーや数字の書体、ダイアル外周部のミニッツトラック、 アラビア数字インデックス、そして12時のロゴや6時のモデル名等、オリジナルに極めて忠実な再現を試みていることがわかる。 なによりもケースとダイアル上のインデックス&インダイアルとのプロポーションの正確さに驚く。

アバウトイメージ7
アバウトイメージ8

Sous-Marine

2020年に復興したエイレンのもうひとつのフラッグシップモデル「スーマリーン(Sous-Marine)」。 仏語の“sous”=“隠れた、基底の”という接頭語を持つ1960年代のダイバーズで、エイレン復興3年後の2023年に復活。 当時搭載された浸水防止機構“パルマンティエ・リューズ”も再構築し、120箇所のノッチ入り60分目盛り付き逆回転防止ベゼルも装備。 また、これも当時の機構である“FixoflexRブレスレット”と、彼らがロリポップスタイルと呼ぶ秒針も再現。 一方ムーブメントはラ・ジュウ・ペレのCal.G100ベースのCal.AM5を搭載。 エイレンと同様、当モデルの復刻については、世界のウォッチコミュニティによる複数段階の投票結果を反映している。

Ref.524.437B
アバウトイメージ9

写真右側に見えるのは、1960年代当時のスーマリーンに装備された“パルマンティエ・リューズ(Parmentier crown)”の解説図面。 基本的にはねじ込み式リューズ(screw-down crown)のことで、仏の退役軍人ジャン・レネ・パルマンティエ(Jean Rene Parmentier 1921~1998)が発明し、後に彼の名前が付けられた。 1960年代は欧米や日本の一般大衆に“レジャー”が浸透し始めた時代。その中でマリンレジャーの広がりと共にスポーツウォッチ、特にダイバーズモデルは急速に台頭した。 オリジナルのスーマリーンのパルマンティエ・リューズのキャップ・シールドは、ノッチの入ったリューズキャップ底部にある。当時のスーマリーンのリューズは小さすぎたので、 巻き上げの一種の補助装置として活用されたようだ。

しかし一方で、当時のリューズキャップは頻繁に外れるという難点があった。 そこで復刻モデルにも採用されたパルマンティエ・リューズには、アタッチメント・システムの改良と同時にリューズ内部に防水バリア機構を装備した。 これでリューズキャップが無くても30mの防水性能を確保している(キャップ装備状態では200m防水)。 また復刻モデルの秒針だが、写真のモデルはロリポップキャンディ(棒にキャンディを付けたもの)のような秒針=“ロリポップ秒針”、 別名“ストランド(strand=ビーズ、ワイヤー)秒針”を採用しているが、一般的な棒状のストレート秒針も用意された。これも世界の時計愛好家のマルチステップ式投票で決められた。

ストレートな針先に丸いキャンディを付けたようなタイプの秒針も用意。また写真モデルのブレスレットは、これも1960年代のオリジナルに採用された“FixoflexRブレスレット”を再現したもの。 伸縮性と弾力性のある機構で、スーマリーンに限らず往時のヴィンテージ時計をお持ちの方には馴染みのあるブレスレットだ。

アバウトイメージ10
アバウトイメージ11

フランスで売られていた古いエイレン「スーマリーン」のポスター。“ダイバー(PLONCEURS)、スキーヤー、モーターサイクリスト、アルピニストに向けて”と書かれている。 これを発見したトム・ヴァン・ウィジリック氏には、すぐさま復刻モデルの製作アイデアが浮かんだ。 エイレンやラボアの復刻プロジェクトと同様、スーマリーンの復刻には世界のウォッチ・コミュニティに助言を求め、マルチステップの投票ラウンドを通して、 徐々に現在の姿が浮かび上がってきたと彼は説明する。例えばスーマリーンでの初回投票は「秒針のデザイン」。 最終アイデアは細い針先に丸い輪が付いた典型的なデザインのものと、この写真のポスターに見られる当時のロリポップ・キャンディ風デザインに分かれたが、 世界のウォッチ・コミュニティの大多数は後者を選んだ。しかし「結局は両方のデザインを作ることにしました」(トム・ヴァン・ウィジリック氏)。 投票の第二段階では、写真では見られないがケースバックのグラフィックが検討された。これも3つの候補から“銛を右手に深海へ潜航するダイバーのイラスト”に決定。 このように複数段階(マルチステップ)の投票を経て、現在のスーマリーンは完成したのである。これはエイレンやラボアも同様だ。 この10年ほど、世界のウォッチ・コミュニティの時計製造への積極的な参加が盛んになってきており(彼らとカスタムメーカーとの連携も深くなっている)、 現代の時計会社にとっては貴重なパートナーのひとつとなっている。