BijouMontreの紹介

ジュネーブの宝石職人や金細工師が時計の製造を始めたのは15世紀に入ってからです。そして1601年にはジュネーブ市が世界初の時計業同業組合の成立を正式に許可しています。 当時ジュネーブ市近郊に住む時計職人は約300名、1年間に生産する時計は5,000本程でした。19世紀中頃になるとジュネーブは全スイスの時計製造の中心となり、ヨーロッパの時計産業のリーダー的存在になりました。ジュネーブが時計産業で発展した経緯から、ジュラ山脈の農夫、酪農家たちも農業に従事できない過酷な冬の閑散期に、歯車やスプリング、ぜんまいなどの時計パーツの製造の下請けを始めました。パーツの製作だけでは物足りない一部の青年たちは10年前後の長い期間ジュネーブなどの都市で時計製造技術の習得に励み、故郷に帰って自分のアトリエを構えるようになりました。彼等はお互いに技術を共有し協力し合う傍ら、世界最高品質のより複雑な時計を組み立てることを競っていました。

その後、スイス時計産業の隆盛に伴い、このような完全な手作業による精巧な製造方法は「ジュネーブ7種伝統時計製造工芸」(The Seven Crafts of Geneva)と呼ばれるようになりました。これはデザイナー、時計職人、金細工師、チェーン職人、彫刻家、磁器絵付師、宝石職人の7種のクラフツマンシップを結合したもので、スイスはこのように時計産業を特化することにより専門的な時計大国として世界中に知られることとなったのです。



スイス工芸の伝統

ビジュ モントレは、スイスの7種のクラフツマンシップを融合した新鋭ウォッチブランドです。ウィリー・サラディンとフォルカー・フィンクが率いるBijiouMontre Swiss GmbH社でデザイン及び製造を行っています。創始者のドイツ系スイス人ウィリー・サラディンは、スイスのSolothurn時計製造工芸学校を卒業後、スイスムーブメント製造大手ETA社でR&D技術者、及び極東地区責任者として合せて50年以上勤務したスイス時計産業の重鎮で、時計製造に関する全てのノウハウに精通しています。その生涯をスイス時計業界に捧げてきた彼の経歴と人脈が、BijiouMontre 製品をムーブメント、ケース、ブレスレットそして宝石の品質などの点において競合他社より遥かに優れたものとしています。
ビジュ モントレ社が製造するすべての時計には、数世紀に渡って培われてきたスイスの歴史ある時計作りの伝統と技巧が、脈々と息づいているのです。ドイツ系スイス人のサラディンはドイツ人が得意とする工業技術の実践的な天分と、スイス人の精緻な精密機器作りの才能を兼ね備えており、その両者が完全に融合し啓発しあうことで誕生したのが“ビジュ モントレ”ブランドです。2002年初め頃から自身のブランドを設立する計画を立て、スイス時計産業の再編に直面するなどの紆余曲折を経ながらも、ウィリー・サラディンは楽観的でありながらも確固たる信念を貫き、各分野の選りすぐられたスペシャリストを集めプロジェクトチームを結成しました。

ビジュ モントレのテクニカルディレクター、フォルカー・フィンクは、一世紀近くにも渡って時計製造技術を継承している家系の出身で、精密な時計作りへの情熱と才能を持った人物です。MONDAIN社でプロダクトチーフを20年以上務めた後、2004年故郷に戻り代々家族が経営してきたZeittechnikfink時計工場を継ぎました。そして製品開発や製造の面でウィリー・サラディンへの協力を始めました。二人の才能溢れるスペシャリストが互いの専門知識を合わせることで、スイス時計業界に新たな一ページを切り開いたのです。 ― それが“ビジュ モントレ”です。

スイスの時計製造の歴史は古く、その優れた品質は世界中で認められています。BijiouMontre Swiss GmbH社は、スイス・ジュラ山脈のラ・ショー・ド・フォンやヌーシャテルに隣接する、フランス語圏のグレンへンに本社を構えています。グレンヘンにはBreitling、Fortis、Rolex、Radoなど世界的に有名なブランドが軒を連ね、ムーブメント製造大手のETA社もこの町にあります。このような恵まれたロケーションに加え、サラディンのスイス時計業界での50年あまりの経歴、特に直近の30年間 にスウォッチグループのEbuauches Electronique 、Longins、Rado、Endura、ETAなどを歴任してきたことが、ビジュ モントレにデザインや仕上げの美しさ、セッティングやムーブメントのクオリティの高さ、またその魅力的な価格などの点で、他のコンペティターの追随を許さない特別な地位を確立しています。